みんなのリタ公園

心の世界を旅したり、ただのんびりしたり、みんなで公園づかいするブログです
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コップの水があふれるように

リタ公園をご散策の皆さま、
こんにちは
立春が過ぎましたね

年明けからずっと、
立春を迎えるにあたって、私はこれから一年、何がしたいだろう
この一年に限らず、本当に本当には、何がしたいんだろう

ぼんやりと、考え続けていました



翻訳の仕事.、、、かな



結局のところ、クリスタル以上に、メロディさんのタロット以上に
私の興味の対象は、言葉であるように思うし
だけど、、、、

どうもしっくりこない クリアな感じがしない
どんな分野の翻訳? 
クリスタル? タロット? もっと広くとらえて、精神世界?

そんな気もするし、そうでない気もする

でも、たとえばプロとして、ある分野の本を訳す気合があるなら
もっとその分野を勉強しようと、
日本語の本をジャンジャン読んで勉強したりとか、、、



するんじゃないかな?



そういうことが苦にならないはずだよね
本当に心の底から、何かをやりたい、達成したいと思っているならね

だけど、わたしって、そこまで精神世界の本を
ガツガツ読んだりしてない
、、、、かも?

このやる気のなさは、たとえばタロットを例にあげると
けっこう頑張って勉強を続けてきたのに
自分が期待しているほど、タロットが分かるようになったと思えない

っていう思いから、生まれていると思う



今の自分に不満


私、もっとタロットのこと、分かるようになってても、
良さそうなのに、、、、という
不満

そんな気分で、立春を迎えました

しばらく前に、クリスタルを使ってワークしてみたんです
どうやったらタロットが理解できるようになるか? 
理解が進むのに一番良い方法はなにか? って

答えは
「自分の日常とエレメントを結びつけて考えてみる」
でした


うーむ


これが、分からないんだってば
火だか水だか、空気だか、土だか
もう全然分からないんですけど!!!

と、文句たれつつも、この半年ほど、
いわゆる最もポピュラーなタロットである
ライダーズ版の解説書をコツコツ読んできました

そもそも私が理解したいのは、
最終的にはメロディさんの書いたクリスタルについての
説明であり、彼女の著書だったのですが、

どうもそれを読み解く鍵のひとつは
メロディさんのつくった「クリスタル・タロット」にあるように思い、

まあ、少なくとも私には、
タロットの勉強をしてみることが
自分の努力でなんとかできそうな次の一歩だった

そして、その「クリスタル・タロット」を手に取ってみれば
クロウリーのつくった「トート・タロット」をベースにしていると
メロディさんご本人が記されている

はいそうですか、と、トート・タロットを勉強してみた
けれど、クロウリーの説明は基本を全部すっ飛ばしていて
ライダーズ版のタロットを学ぶところから始めないと、結局分からない



仕方あるまい



ライダーズ版、勉強してみるか



どうせ解説書を読むなら
最近出たもので、分厚くてもいいから全部を完璧に網羅してそうな、、、、
と思って、評判のよさそうな本を手に取り

で、かれこれ半年くらい、ほんとに少しずつ、じっくり読み進めて
なんとか大アルカナの部分を読み終えて
今月に入って、ついに小アルカナのカップの説明に到達しました

それでも、まだ、最初の5分の1くらいかな
まだまだ先は長い
そして、カップ、つまり水のスートの説明はこう始まりました



「カップのスートは、人間の感情を表す」



なるほど
そうですか、そうですよね
感情ね、ひとの気持ちね

うーむ
苦手分野
相手の気持ちを察するとか、分からないのよ私

タロットを理解したい理解したいと思い続けてきたけれど
そもそも、自分が生きている中でいろんな感情を経験したりとか
相手の気持ちをおもんばかったりとか

笑ったり、泣いたり、本気で怒ったり、、
心豊かに日々を生きて自分の中に理解のベースをつくり

さらにその上で、感情ってものをちゃんと分析できないと
カップのカードの意味は分からないかも?

かも?

そう思ったら、解説書を読み進めるスピードが
ググーッとスローダウンして、全然読む気になれない
だって、どうせ私にはカップのカードなんて理解できないだろうから!



チェッ!!!



どうせどうせ私なんて
一生わからないんだぁああああ
と、2月になって、一人ふてくされていました

さて、
話はここでガラリと変わるのですが――

毎週日曜の夜は、必ず夕飯を多めにつくって、
近所で一人暮らしをしている義父のところに主人に持って行ってもらい、
二人で夕飯を一緒に食べてもらっています

義理の母が亡くなって、もう数年経ちますが
義父はずっと生きている理由が見つからない、といった様子で
それでも、何とか一人暮らしを続けてくれています

おかげで私は昼間仕事に行けて、お金をかせぐことができる
それは、すごくありがたいことです

だから、せめて週に一度くらいはお料理をもっていって、
義父に週に一度、息子と食事をする楽しみを持ってもらって
そうすれば義父の様子とか、なにか体調の変化とか観察できるし、

何がきっかけだったか忘れちゃったけど
週一の料理を思いついて、主人に相談して協力してもらって
かれこれ半年くらいになりました

義父には、今までも時々、買い物に行かないかー、とか
国技館にお相撲でも見に行かないかー、とか
ちょっと外にご飯を食べに行かないかー、とか、映画は?とか

この数年いろいろ提案してみたけれど、ほぼすべて却下
歩くのもたいへんなのは分かってるし
出かけるのが億劫なのは当然だから、まあ仕方ありません


と・こ・ろ・が!


その義父から、先日突然電話がありました
「エプロンを買ってきてほしい」というのです
なぜなら、近所の公民館でやっている老人向けの



「料理教室に行ってみたい」からだ、と




へえええええええ




もちろん、速攻で買ったわよ、
男の人が着られるデザインのエプロン!

料理教室に行ったら、義父に友達ができるかもしれない
気分転換にだってなるし、
もっとお料理したら健康にいいかもしれない

で、翌日、
主人からお礼を言われました
「毎週お料理をつくってくれて、ありがとう」と

義父が料理教室に行きたいと言い出したのは
きっと私の料理に触発されたからだ、って

何かに前向きになるような気持ちが
まだお父さんの中にあったなんて
信じられなかった

びっくりした、ありがとう、と

え?
そう? 
そ、そ、そうかな

もしホントにそうだったら、私も嬉しい 

えへへ

さて、さらにその翌日が
義父の初めての料理教室の日でした

すごく人見知りなので、
ちゃんと楽しめるか、教わる料理が難しすぎないか、
ずっと立っているのは大変だから、大丈夫か、、、

色々心配していたけれど、夕方電話して聞いたら
「なかなか楽しかった また来月も行きたい」というお返事
思わず電話の前で小躍りしてしまいました

その翌日が、立春でした
私がふてくされてた日です

ちなみにね
義父から「エプロンがほしい」という電話があった日、
わたしは「カップのエース」の説明を読んだところでした

エースのカードの意味は「始まり」です
カップのエースは、あふれるような愛とか喜びとか、
豊かさ、健康などを意味します

ちなみにね、
その翌日、主人にほめられた日
「カップの2」の説明を読んだところでした

「カップの2」は協力とか、心の通い合う、真のパートナーシップを表します

この半年、お義父さんの様子は特に変わったように見えなかったけれど
実はコップに少しずつ水がたまるように
何かが積み重なっていたのかもしれません

ある日突然
コップから水があふれるように、
義父の心に変化が現れたのかもしれません

ひょっとしたら、私のつくってた料理は
全然関係ないのかもしれません

さて、その翌日、お料理教室の日
節分の日

その日読んでいたのは「カップの3」のページです
「カップの3」の意味は、祝福、何かが豊かに実ること、喜びです

立春の日、
私がふてくされながら読んだのは「カップの4」のページです

「カップの4」は、じっと考えるとき、
現実への落胆、
自分の道を改めて考える、という意味なんです

自分を理解しようとする人生のステージに到達したこと、
次のステップを見つけようとしているとき
そういう意味のカード



あれ?



あれれれ?



ひょっとして、私、



カップのカードを現実で生きてる?



いやいやいや、
そんなバカな
でも、ひょっとして?

自分を信じて、カードを引いてみることにしました

どうして私はこんなに自分にがっかりしているのか?

「カップのペイジ」の逆位置が出ました
非現実的な期待、夢みたいな目標、と言う意味です

そう、考えてみれば
義父に料理を届けるようになって半年、
私がライダーズ版の解説書を読みはじめて、半年

義父を見ていて
「ひとの心が上向きになるのに、ずいぶん時間かかったなあー」
と思ったけれど

それって、私も同じじゃん!
義父を頑固な人だなあ、と思っていたけど
私もおなじくらい頑固ってことですね

それに私って
たった半年で日本を代表するようなタロッティストみたいなのを
目指してた気がします

次に、
「では本当に自分がしたいことはなにか
どうやったら、それが分かるのか?」とカードに聞きました

「カップの4」の逆位置が出ました

「カップの4」の逆位置は、
新しい関係、スタート、社会の一員に復帰する用意ができた、
と言う意味

今までは「カップの4」の正位置の状態だった、
つまり目的が分からなかったけれど
その状態が終わったよ、という意味なんです

そうかもしれない

自分のやりたいことを
私は「仕事」と言う観点でしか考えていなかった

けれど、数年前に会社をやめたとき
もっと家族とか自分とか、
大切なものをゆっくり大切にできる毎日を生きたい

そう思ったのを、
いつの間にか忘れていました



私はまさにこういう日々を
生きたかったんだよね



一昔前は、こういうことが起こると
ちょっと調子に乗ってた私

この数年で少し学んだのは
こんなときこそ、今まで以上に謙虚になるべきだ、ということです

こんなステキな出来事があったのは
こうしてこの公園に遊びにきてくださって
こうして最後まで私の愚痴(?)を聞いてくださっている
皆さんのおかげです

神さま、とか、高次の存在、とか?
それは今の私にとってはどこか遠くにある愛の光ではなくて
皆さんのちょっとした応援の気持ちの固まりだと思っています

いつも応援ありがとうございます
今年もどうぞ、よろしくお願いいたします

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コップ=カップ=水、、、ですよねぇー
この記事のタイトル考えたときは気づかなかったけど

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